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電子足跡:箱根旧街道(旧東海道)
 箱根湯本から箱根関所へ


プロローグ

言うまでもないですが箱根旧街道は旧東海道最大の難所です。石畳の道筋が往時の雰囲気をよく残しています。
湯本から登りが始まりお玉が池付近まで高度差700m程登りが続きます。急登の道が続きますが旧街道歩きの魅力がたっぷり詰まった道ですし,歩き終わった後の達成感はひときわです。またアクセスもよく首都圏なら日帰りも可能ですし新道はバスも走っているので安心です。ただ車が走る新道と旧街道とが一部同じ部分がありますし,石畳は濡れると滑りやすいので気をつけてください。


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歩きデータ
区間 掲載ページ 歩いた日 天気  地図上の予定距離 
GPS移動距離
箱根湯本‐箱根関所  箱根街道歩き 湯本から箱根関所へ  2015/6/6  曇りのち晴れ  10.7km  10.9㎞

実はこの道は2回歩いています。1回目は2003年9月,2回目は2015年6月です。このページは2回目をベースにしていますが写真は1回目の写真も使っています。

GPSログをGoogleEarthで
ツアーする方法
↑地理院地図(電子国土web)に詳細ルート地図とポイントの写真が開きます。


カシミール3D 国土地理院
カシミール3DによりGPSデータを国土地理院地形図に描画しそのイメージデータを加工したものです。


奥湯本付近

小田急線箱根湯本を降りて早川に架かるあじさい橋を渡ります。橋のたもとに人力車が人待ちをしていて観光地の空気が充満しています。あじさい橋を渡り湯本富士屋ホテルの前を右に曲がると早川の段丘崖を50mほどの登りが始まります。

登り終わると狭い段丘面の温泉街奥湯本に向かいます。途中民家の中に埋もれて日本橋から22番目の湯本茶屋一里塚跡があります。塚は消滅していて石碑が建っているのみです。でも23番目の一里塚に期待してください。
箱根湯本から1㎞強歩くと山紫園という旅館に入る道の先が最初に現れる箱根旧街道の石畳の道です。

写真左:一里塚跡
写真中:石畳の旧街道入口
写真右:最初の石畳の道


ここから255m石畳の道が続きます。箱根旧街道の入場門のような場所です。

ほどなく小さな川に架かった橋を渡ります。護岸の石垣に苔が一面に生えています。柔らかい緑色がきれいなので思わずシャッターを押しました。


須雲川自然探勝歩道入口

最初の石畳の道はアッと言う間に終わって現代に引き戻されてしまいます。アスファルトの道に戻って約2.5㎞歩くと須雲川自然探勝歩道の入口になります。箱根旧街道は須雲川自然探勝歩道として整備されています。「女転し坂」が始まり本格的な箱根旧街道の道になります。

↓クリックすると大きな画像が開きます。    写真下右:中央の暗い所が箱根旧街道です
箱根旧街道須雲川自然探勝歩道絵図

暫し須雲川に沿って上ります。深山に分け入る実感が沸いてきます。途中東京電力の施設のフェンス脇を通り過ぎると丸木橋を渡って対岸に行きます。


箱根への登り

私以外にも年配の方は経験があるかもしれませんが,中高生時代の騎馬戦で居並ぶ騎馬が相対峙し,戦いが始まる時に唱歌「箱根八里」(作曲:鳥居忱 作詞:滝廉太郎)を歌ってから戦いを始めました。「箱根八里」を歌うと戦意が高揚します。ここから,唱歌に唄われた風景が展開します。

割石坂
箱根天聖稲荷大権現神社を過ぎて旧東海道(国道732号線)沿いに「割石坂」の登り口があります。
少し行くと「これより江戸時代の石畳」と書かれた看板があります。江戸時代に敷設され現代まで大きな修復がされてい
ない石畳と云う事のようです。


大沢坂
大沢川を渡って直ぐの急登の坂です。ここを越えると畑宿です。


畑宿

畑宿
石畳の道を登り切ると畑宿の手前で旧東海道(国道732号線)のアスファルトの道に合流します。
写真下中は町なかに貼ってあった明治時代の畑宿の写真です。薄暗い山道を歩いて来た旅人は畑宿に着くと安堵感を覚えたのではないでしょうか。


畑宿の一里塚
畑宿の緩い坂道を登り畑宿の外れに来ると,日本橋から23番目の畑宿の一里塚があります。一対で残っている一里塚は珍しいです。前述22番目の湯本茶屋一里塚から随分歩いた感じがしますがまだ一里しか歩いていないです,数里歩いた疲労感です。「天下の嶮」を実感する疲れです。標高差で言うと250m位登ったのでむべなるかなです。

一里塚の説明板によると明治以降に一部が削り取られて往時の姿は失われたのですが,発掘と文献調査により復元整備したとの事です。


唱歌 箱根八里 の風景 

羊腸の小徑
畑宿の一里塚から再び石畳の旧街道が始まります。地図を見ると分かりますが,畑宿から見晴し茶屋までは箱根新道も旧東海道(国道732号線)もヘアピンカーブの連続です。箱根旧街道も狭く曲がりくねった急登の道が続きます。

年配の方は経験があるかもしれませんが,中高生時代,運動会の騎馬戦で居並ぶ騎馬が相対峙し,戦いが始まる時に「箱根八里」(作曲:鳥居忱 作詞:滝廉太郎)を歌い戦意を高揚させました。
特に畑宿から見晴らし茶屋までの箱根旧街道は「箱根八里」に歌われた「霧は谷を閉ざす」「昼猶(なお)闇き」「羊腸の小徑」とはこの区間を歌っているのではないかと思うくらいです。


雲は山を巡り

見晴し茶屋付近から小田原方面を望む。箱根旧街道を登るなかで眺望できたのはこの場所だけでした。

畑宿一里塚から見晴し茶屋まで約1.3㎞歩きほぼ170m登ります。

最後の石畳

甘酒茶屋
文政年間(1818~29年)から続くと言われる甘酒茶屋。登りで疲れた体に甘酒の優しい甘さが美味しいです。店の中には囲炉裏があり煙で燻した香りが充満しています。子供の頃に行った茅葺の親戚の家の香りです。

甘酒茶屋を過ぎて500m程行くと最後の石畳が始まります。
ここからの石畳は道幅が広くこれまでの道と雰囲気が異なります。


道が美しい
これまで色々な道を歩きました。風景や建物が綺麗と思ったことは多々ありますが,道そのものが綺麗と思える道はそれ程多くありません。この区間の箱根旧街道は道そのもが綺麗と思える数少ない道のひとつです。

 ↓下の3枚の写真はクリックすると大きな写真が開きます。
箱根旧街道石畳箱根旧街道石畳

箱根旧街道石畳写真上左と左の写真は2003年9月に歩いた時の写真です。
石畳に落ちた一枚の小さな紅葉の微妙な色合いが風景の中でひときわ光を放っていました

芦ノ湖への下り道
二子山を模した石碑まで来ると長い登り路は終わります。権現坂の石畳を降ると道の先に芦ノ湖が見えます。
着いたという感慨が沸いてきます。坂の終わりに箱根旧街道の石碑が立っています。須雲川自然探勝歩道は終わりです。



↓クリックすると大きな画像が開きます。箱根旧街道須雲川自然探勝歩道絵図

芦ノ湖湖畔

観光地も良いものです
須雲川自然探勝歩道が終わると石畳は無くなり,土が踏み固められた木立の道が続きます。その先は日本屈指の観光地です。
車が行きかい,観光客が大きな声で笑い。突然現実に引き戻されますが人が居ると安心感が沸き,歩き終わった達成感と安堵感が沸いてきます。箱根関所の前で今日の行動は終わりです。バスに乗り日帰りです。時間があれば箱根湖畔で温泉に入り一泊したいところです。





END

2018/12/22 ver5.17.0 ポップアップで起動する地図をGoogleMapから地理院地図(電子国土web)に変更
2016/9/3 作成

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