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電子足跡:北海道縦断歩き旅
 然別から小樽を通り札幌へ


プロローグ


北海道をほぼJR鉄道路線に沿って函館から宗谷岬まで歩いて縦断しました。
このページは然別から余市、小樽を通り札幌まで歩いたページです。

ニセコアンヌプや羊蹄山を見ながら山の中を進んできた道は余市で再び海と出会います。
有名になりましたが、余市にはニッカウヰスキー余市蒸留所があります。

余市からは石狩湾に沿った海岸線の道を歩きました。海岸線は複雑な地形で海と大地のせめぎ合いを感じる岬を見ながら進んで小樽まで歩きました。
小樽周辺で なかにし礼作詞の ”石狩挽歌” に歌われている地名のオタモイや朝里を通りました。

小樽から銭函付近までは海岸線を通ります。現在では国道5号線が通っているので難無く歩けますが、かつては石倉山が海に切れ込む断崖絶壁で難所だったと容易に想像できます。地理院地図にはその断崖は ”神居古潭” と表記があります。

銭函を過ぎると海からは遠ざかります。かつては湿地だったと思われる石狩平野の西側を歩いて札幌まで行きました。札幌駅の手前で歩いた白樺並木の道は新鮮な感動でした。

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↑地理院地図(電子国土Web)に詳細ルート地図とポイントの写真が開きます。   GPSログを
GoogleEarthでツアーする方法
 


この地図は収集したGPSログをカシミール3Dにより国土地理院地形図に表示した画像を加工したものです。

然別から余市へ


然別駅前
現在はローカル線のひなびた駅ですが、駅前の風景が微妙に懐かしい感じがします。

想像ですが、かつては駅前通りに商店が並んでいて、乗降客が行きかっていたのではないかと思います。

余市


ニッカウヰスキー余市蒸留所
NHKの朝ドラ マッサンで一躍有名になりましたが、余市はニッカウヰスキー余市蒸留所があります。
ヨーロッパの城の様な正門です。朝早かったので閉まっていましたが、正門の通路から見える蒸留所の建物は日本とは思えない建物です。予約が必要ですが内部の見学もできるそうです。



お酒はタイムカプセルを開ける鍵

若い頃は、ニッカやサントリーの安いブランドのウイスキーに随分とお世話になりました。

その頃、時々友人達とビールとウイスキーを買ってきて、アパートで音楽を聴いて、飲んで、語り合って、酔っぱらったら皆で雑魚寝していました。
その頃、何を話したのかなんて覚えていませんが、今思うと、人生のなかでとても大切な時間だった様に思います。

その時の友人3人とは、今でも年1回会って酒を飲み、相変わらずバカ話をしています。タイムカプセルを開けた様な楽しさです。タイムカプセルの鍵を開けるのは、やはり酒ですね。酒って嬉しい飲み物です。

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フゴッペ洞窟

余市市街から国道5号線を7kmほど小樽側に進んだ所にフゴッペ洞窟があります。
フゴッペ洞窟は海岸から200mくらい内陸に入った、丘陵の先端部分にある海蝕洞です。

内部は撮影禁止ですので写真は掲載できませんが、洞窟の壁面に 人、船、海獣、動物の様な刻画が800以上残されています。およそ2000~1500年前の続縄文期の遺跡との事です。
当時北海道では稲作が出来ず北海道以外は稲作を中心にした弥生時代に移行していましたが北海道では縄文文化が続きその時代を続縄文期と言っているとの事です。

続縄文期の壁面彫刻を見ることができるのはフゴッペ洞窟と小樽市の手宮洞窟だけとの事です。

保存の為に照明を暗くしているのだと思いますが、暗がりの中で見た刻画は一つ一つは小さな図柄でしたが、プリミティブで神秘的な感じを受けました。

なかにし礼作詞の ”石狩挽歌” の歌詞の中に 
・・・♪わからぬものは 古代文字・・・ 
と出てきますが、この古代文字とは手宮洞窟やフゴッペ洞窟の図柄の事を言っていると聞いたことがあります。

フゴッペ洞窟付近から見える岬
フゴッペ洞窟に刻画を描いた続縄文期の人達もほぼ同じ風景を見たと思うと、悠久の時と人の営みの愛おしさを感じます。

写真左:シリパ岬 左側の街並みは余市  写真右:兜岬 手前はフゴッペ岬


小樽


トンネルが続きます

余市を越えると 忍路(オショロ)トンネル、笠岩トンネル、塩谷トンネルとトンネルが続きます。
平成30年に全長1742mの新しい忍路トンネルが開通したとの事です。トンネル内の歩道は幅が広くて歩いていても車が怖くななかったですが、延々と暗いトンネルを歩いていると、気持ちが沈んでいきます、早く光が見たいという気持ちになります。

写真左:忍路トンネル余市側入り口   写真右:小樽側出口


写真:塩谷トンネル小樽側出口付近


オタモイ
再び “石狩挽歌” の話ですが、
歌詞のなかに

・・・
♪あれからニシンは どこへ行ったやら
 オタモイ岬の ニシン御殿も
 今じゃさびれて オンボロロ
・・・

と オタモイ岬 という地名が出てきますが、私はここを通るまで オタモイ岬 とは歌詞の中の架空の地名だと思っていました。実在の地名だったんですね。

この坂を登り切れば、後は小樽市街に下って行くだけです。

小樽運河
有名な観光スポットですので説明の必要はないと思います。それにしても外国人観光客が多いのには驚きました。


写真左:旧大家倉庫   写真右:中央通り 小樽駅方向


なだらかな中央通りの坂を登って小樽駅まで歩いて今日の行動は終わりです。

小樽から札幌へ


小樽駅前
日にちは変わって昨日の終着点の小樽駅からスタートです。
朝早くから歩いたので街はまだ朝霧に霞んでいました。


朝里付近
何度も ”石狩挽歌” の話で恐縮です。

石狩挽歌に
・・・
 ♪燃えろ篝火 朝里の浜
 海は銀色 にしんの色よ
・・・

と歌われている 朝里付近の風景です。

まさに ”海は銀色、にしんの色” って感じの風景です。

「石狩挽歌」の舞台は、曲名に「石狩」とついているので北海道である事は分かりますが、小樽周辺が舞台になっているのだと知りました。

神居古潭
地理院地図に ”神居古潭” と記されている場所です。 カムイ・コタン=神々が住む場所
山に霧がかかり、深い緑の海が迫る如何にも神々が住む場所という風景です。

石倉山が海に切れ込む切り立った断崖です。現在は国道5号線が通っているので難無く歩けますが、かつては断崖を這うように歩いたのだと思います。特徴的な地形であると同時に難所だったのだと思います。アイヌ民族はそこに神々が住むと恐れ敬っていたのだと思います。


ひたすら札幌へ向かいます


札幌らしい写真が無くて申し訳ありません。
神居古潭を越え、銭函付近からは家並が途切れる事無く続くようになり大都市札幌が近づいて来たと感じます。


普段生活している場所は、白樺の木は1000mくらいの高原に行かないと見ることが出来ないので、札幌駅手前で白樺の並木道を歩いたのは新鮮な感動でした。歩き旅は有名な観光スポットでなくても、ちょっとした風景に感動します。

札幌駅まで歩いて今日の歩きは終わりです。


エピローグ


よくある事ですが、歩いていると頭の中で音楽が鳴り続ける事があります。
オタモイを通ってからは ”石狩挽歌” が流れ続けました。
その音楽が出来た風土の中を歩いて、その風景を見ながら、BGMの様に音楽が流れ続けました。


END

2019/08/12 作成

Column


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