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電子足跡:北海道縦断歩き旅
 札幌から旭川へ
29.2km直線国道を歩き神居古潭を通る道

プロローグ

北海道をほぼJR鉄道路線に沿って函館から宗谷岬まで歩いて縦断しました。
このページは札幌から旭川まで約145kmの区間を歩いたページです。

札幌では札幌駅にほど近い北海道大学のキャンパスを見てから市内を通り抜け石狩平野の中を江別に向かい、江別では石狩川の悠然とした流れを左に見ながら国道12号線を歩きました。国道12号線は美唄市から滝川市まで続く29.2km続く有名な ”日本一の直線道路” があります。

深川からは東に進路をとり、石狩川が山塊を削った流域を歩きました。この流域は流れも早く奇岩が連なる流域で ”神居古潭” と呼ばれています。

”神居古潭”には旧国鉄の神居古潭駅が当時のまま保存されています。撮り鉄(鉄道写真を撮るマニア)ならずとも、そのたたずまいに郷愁を感じます。

山間部の石狩川流域を過ぎると、一転して広大な旭川市街が広がっていました。


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↑地理院地図(電子国土Web)に詳細ルート地図とポイントの写真が開きます。 GPSログを
GoogleEarthでツアーする方法


この地図は収集したGPSログをカシミール3Dにより国土地理院地形図に表示した画像を加工したものです。

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札幌

札幌に来てから 「虹と雪のバラード」 が頭ので流れ続けています。
若い世代の皆さんは聞きなれない曲と思いますが、1972年2月に開催された冬季札幌オリンピックのテーマ曲です。札幌の清冽な大気と透明感のある曲が札幌の街の雰囲気に良く合っている曲だと思います。

北海道大学キャンパス
「札幌まで歩いて行ってわざわざ大学を見なくても・・。」って言われそうです。
訪れた理由は2つあって、「ポプラ並木を見たい。」 「中谷宇吉郎博士が人口雪を作った場所を訪れたい。」でした。
ポプラ並木は何度も写真やTVで見たので、単にミーハー的な興味からです。
人口雪誕生の地を訪れたのは、小学高学年か中学に入学した頃に、教科書か雑誌だったのか記憶が定かではないのですが、その中に 「雪は天から送られた手紙である」 という有名な言葉が書いてあり、子供心にそのロマンチックな言葉に何か不思議さを感じた記憶があったからです。

写真左:ポプラ並木
写真右:人口雪誕生の地


写真左:古河記念講堂


旧北海道庁本庁舎や時計台など、もう少し札幌の観光名所を訪れて写真を掲載すればよかったと反省しています。

江別


大麻中央公園
札幌駅から直線距離で11km程の道路脇にあった公園です。直線距離で11kmというと東京都で言えば東京駅から高円寺付近の距離です。都内にある公園ですと自然の環境を活かしていても整備されて人工的という感じがします。この公園は趣が異なり自然をそのまま公園にした感じがします。
写真を写している時、近所の主婦と思われる方が「なんて言う鳥かしら?置物かと思った。初めて見たわ。」と仰っていました。北海道でも都市部では自然の生き物が少なくなっているのかと思いました。


江別駅付近の住宅地
本州の多くの街は歩いていても、道の曲がり具合や家の造りなどで、そこが古い街か新しい街なのか雰囲気で分かりますが、北海道の街はどこも格子状に区画整備されているので、古い町なのか新しい町なのか判然としません。住宅地として開けたのだと思いますが、本州の新興住宅地より道が広く家並もゆったりした感じがします。


石狩川
函館本線の江別駅から北東に進むと直ぐに石狩川に出会いました。
川岸の工場は製紙工場です。
長さは信濃川、利根川に続いて3位。流域面積(降水が流れ込む流域の面積)は利根川に続いて2位です。
石狩平野を悠然と流れる石狩川は母なる大河の雰囲気があります。


幌向付近

石狩川を見た後、石狩平野を進むと家並も途切れ、国道12号線沿いからも広大な北海道らしい風景が見えるようになります。

山なみが見えない地平線、視界の中に人工的な建物が見えない風景はそうそう経験できるものではないです。
感動すると言うより、日本にもこんな風景があるのかと言う発見が嬉しいです。







日本一の直線道路 29.2km

国道12号線の美唄市光珠内町北から滝川市新町6丁目まで 29.2km 続く一直線の道路です。

29.2kmの直線道路と聞いてもどの程度の長さなのかイメージし難いと思います。
左の関東平野の地図を見てください。東京駅を中心にしたとすると29.2kmは赤い円の半径の距離です。

北は高崎線の大宮駅を少し越えた付近
東は総武線の新検見川駅と稲毛駅の間付近
南は東海道本線の西横浜駅付近
西は中央線の国立駅付近

この間の道路が全く曲がることなく一直線に続いています。この文章を書いていて、改めて北海道は広いと驚いています。

直線道路日本一標識 美唄市側起点
下の6枚の写真の間が29.2kmの距離です。

説明板によると

明治19年(1886年)札幌-岩見沢-旭川-網走-釧路-根室のルートが中央道路として開削されることが決まり、岩見沢-旭川間が上川道路と呼ばれ、樺戸集治監の囚人達により幅1.8mで開削。

明治22年(1889年)
空知集治監の囚人達により幅5.5mに拡幅される。
この時に極力直線道路とするように施工。

写真左:癸巳(きし)町付近
写真右:奈井江駅付近




直線道路日本一標識 滝川市側起点
この道は以前、仕事でお付き合いがあったエンジニアの出身地を聞いた時、北海道滝川市出身で滝川市は日本で一番長い直線国道がある場所ですと話していました。
私はそんな道路があるとは知りませんでしたが、一緒に話を聞いていたバイク好きの同僚は知っていて、その道をバイクでツーリングしたいなどと盛り上がっていました。

その時はそのまま記憶の底に埋もれていたのですが、この道を歩いていたら、突然 「あ~。この道の事だったのか!」 とその時の記憶が蘇りました。
優秀なエンジニアでしたが、今、何をなさっているのでしょうか?

それにしても、29.2kmもの直線の道を歩いたのは勿論初めてです。
旧街道を歩いている時は直角に曲がる枡形があったり、道が微妙に曲がっていたりしますが、その時はもう少し真っ直ぐな道にならないのかなと思います。

この道を歩いた時は、「なんか単調な道だな、風景がちっとも変わらない。ただ真っ直ぐな、真面目だけが取り柄の道では駄目だよ、もう少し遊びやゆとりがあった方が魅力が増すよ!」などと思いながら歩きました。
我ながらなんとも勝手なものだと思います。

深川から旭川へ

滝川市、深川市付近は石狩平野も狭まり周りに山が見える様になります。
深川市からは12号線が東に曲がり天塩山地と夕張山地の境目、石狩川が削った神居古潭を通って旭川を目指します。

神居古潭

カムイ・コタンと聞いただけで、それが何かは知らなくても神秘的な感じがします。
カムイ・コタン=神々が住む集落。 石狩川が削った岩盤が露出し奇岩が続く流域です。

江別付近で見た石狩川と異なり川幅が狭くなり、淵や瀬があり上流まで歩いて来た感じがします。
アイヌ民族の集落(=コタン)は水があり、川魚が取れ、交通路でもあった河川に沿って存在する事が多いとの事で、この流域にも竪穴住居遺跡やストーンサークルが発見されています。

想像ですがこの流域は秋になると多くのサケが遡上したのだと思います。そしてアイヌ民族はこの流域でカムイ・チェプ(=神の魚)と呼んでいたサケを取って食料にし、魚が豊富であるけど、岩が露出して瀬も多く危険な場所でもあったこの流域をアイヌ民族は食べ物をもたらしてくれる川に神の存在を感じ、同時に危険で時には生命を脅かす川に、神々への畏敬と感謝の念が生まれカムイ・コタンと名付けたと感じます。





参考 サケの遡上
以前 奥の細道を歩いていたとき、秋田県の象潟手前でサケが遡上している川を見たことがあります。
写真では川面が反射して分かりにくいですが中央にサケが3匹写っているのが見えるでしょか?

海辺に近い小さな川でしたが、写真では3匹しか写っていませんが、川全体に大量のサケが遡上していました。

旧国鉄 神居古潭駅

国道12号線が通る石狩川の対岸には旧国鉄時代の神居古潭駅が保存されています。
明治34年(1901年)簡易停車場として開業後、昭和44年(1969年)廃駅になったとの事です。

この駅は昭和42年(1967年)~43年(1968年)にNHKの連続テレビ小説で放送された、平岩弓枝の ”旅路” を原作とする、同名のテレビ番組で国鉄職員の家族を描いた番組の舞台の一つになりました。
母がこの番組を見ていたので、日色ともゑさん という女優がヒロインを演じていた記憶が微かに残っています。





駅で写真を写した後、休んでいると、どこからともなく黒いドレス風の服を着た若く美しい女性が現れ廃線跡に消えて行きました。カムイ・コタンという神秘的な場所だった事もあり不思議な感じがしました。


注:神居古潭駅の管理人さんのお話では、廃線跡はサイクリングロードとして整備されましたが、現在は落石の危険などがあり、旧神居古潭駅舎ゲートから伊納ゲート間は通行止めになっているとの事です。

旭川

旭川は北海道第2の都市です。石狩川沿いのほぼ民家や食堂などが無い神居古潭流域を歩いて来た後に旭川市街を歩くとあまりのギャプに戸惑ってしまいます。旭川駅前はまるで空港かと思うような広さでした。



エピローグ

北海道に対するイメージはひと様々かと思いますが、広く見渡す限りの耕作地の向こうに見える地平線というイメージであればこの区間、とりわけ江別を越えて滝川に至る辺りまでの風景がイメージに近いと思います。
車中泊した 道の駅とうべつ は、石狩平野の中の、ただただ広い平原の中にある道の駅でした。
もし、車ではなく歩いてポツンと一人でこの平原に取り残されたらどれだけ心細いかと思いました。

一方で神居古潭付近の石狩川流域は山間の民家も無いような道です。数日歩けば全く異なる風景に出会える、変化に富んだ地形は魅力的です。

それにしても、ほんの百数十年ほど前は原野だった土地を重機を使わないで開拓して農地に変えた先人達の苦労と努力は如何程だったのか想像する事すら出来ないです。


END

2019/08/19 作成

Column


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