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電子足跡:北海道縦断歩き旅
 天塩中川から稚内へ
  サロベツ原野・宗谷丘陵を通る道


プロローグ


北海道をほぼJR鉄道路線に沿って函館から宗谷岬まで歩いて縦断しました。
このページは北海道北部の天塩中川-幌延-豊富-兜沼-稚内まで歩いたページです。


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この道はサロベツ原野の東端と宗谷丘陵の西端の境目を通る道です。
広大なサロベツ原野となだらかな起伏の宗谷丘陵の異なった地形の両方を歩く事ができます。
そしてサロベツ原野のいたる所から西の海に浮かぶ利尻山(利尻富士)の屹立した山容を望むことが出来る風景の良い道です。

途中、幌延付近で北緯45度線を越えます。北緯45度線を越えたからという事ではないのですが、北海道もここまで来ると水田は全く見えなくなり、牧草地が広がり牛や羊が放牧されている風景が広がります。明らかに本州とは地形・気候・植生が異なり、ある意味別世界に来たと感じます。

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↑地理院地図(電子国土Web)に詳細ルート地図とポイントの写真が開きます。
GPSログを
GoogleEarthでツアーする方法

注:この地図は収集したGPSログをカシミール3Dにより国土地理院地形図に表示した画像を加工したものです。

天塩中川

天塩中川駅
天塩中川駅は昭和30年代のまだ建物がコンクリートになる前の懐かしい感じの駅舎です。

私が育った田舎町では駅舎の前を車がクラクションを鳴らして行きかうような事もなく、駅舎の前の広場は子供達の遊び場になっていました。今ではコンクリートの駅舎になり、駅前広場も舗装され子供達の笑い声も聞こえなくなりました。

天塩川
そもそも、普段の生活で河をしみじみと見る事が無くなっていますが、北海道の河は水が澄んで水底まで見える事に驚きます。子供の頃は町のそばを流れる川幅5mくらいの小さな川や用水路でも山女魚や岩魚が釣れました。小学校を卒業する頃になると魚釣りもしなくなりましたが、社会人になって30歳を過ぎた頃、会社の先輩で川釣りをする方が言っていたのですが、山女魚や岩魚を釣るにはかなり山奥に行かないと釣れないと言っていました。
ほんの20年くらいの間に河の環境が大きく変わってしまったと驚いた事がありました。


キツネ・鹿に遭遇しました。 歌内・国府付近
国道40号線は蛇行する天塩川に沿ってつかず離れづ続いています。
歩いていると、車は通りすぎますが、歩いている人に会うことは滅多にありません。
人には会わなくても普通にキツネや鹿と遭遇します。

鹿は私に気づくとこちらを注視して様子を伺い、少し近づいたり、私が凝視すると逃げて行きますが、キツネはあまり驚いたり警戒する様子もなく私に興味が無くなるとゆっくりと離れて行きました。


天塩町


キツネと鹿に遭遇した後、中川町から天塩町に入りました。と言っても風景が突然変わる訳ではないのですが、空が広くなり牧草地が増えた様に思いました。



三日月湖
国道40号線は宗谷本線から離れる方向に向かう為、右に曲がって天塩川を渡り雄信内駅方面に向かいました。
地形図を見ても、この付近から三日月湖が多く見られる様になります。それだけ天塩川の流域に平地が広がってきたという事です。

で、三日月湖の特徴的な地形を写そうと思ったのですが地上から見える三日月湖の風景は 単に 川 又は 池 にしか見えない写真しか写せませんでした。残念です。

三日月湖の成因は説明するまでもないですが、こんなに多くの三日月湖が残っているという事は、それだけ流路が変遷したという事で、天塩川は随分と悩みに悩んで紆余曲折して現在の流れになったのだなと、変な親近感が湧いてきました。



今日は上幌延駅まで歩いて行動は終わりです。
この後、車で15km程離れた豊富温泉町営ふれあいセンターに行って入浴しました。
湯治施設も併設した日帰り入浴も出来る温泉で、泉質が独特な感じで、濁り湯ですが硫黄の濁りとは違い、なんと表現してよいか?これまで入った事の無い泉質でした。

幌延町付近

上幌延駅は無人駅で周辺に民家が数軒点在する小さな駅です。今日は上幌延駅から徳満駅までの歩きです。
国道40号線はまだ宗谷本線から離れているので、道道256号線を歩きます。この道は宗谷丘陵とサロベツ原野の東端の境目を通っています。

道道256号線
上幌延駅から少し歩いた所に道道256号線の標識がありました。

どうでもいいことなのですが、”256” という数字には特別な思いがあります。
マイクロコンピュータの初期の頃は 8ビットCPUが全盛で Intel:8080 や Zilog:Z80 或いは Motorola:6800 などは8ビットアーキテクチャのCPUでした。8ビットはバイナリで 2の8乗=256 の値を表現できるので 256 には特別な思い入れがあります。

道道256号線=8ビット道道 って感じです。 という落ちでした。

北緯45度通過点

上幌延駅と幌延駅の中間付近にありました。 
頭の中で球体の地球をイメージしてみて下さい。ここが緯度で北極点と赤道の丁度真ん中です。
今、自分が地球上のどの位置に居るのかが分かるって、なんか凄い感じがします。
とは言え、風景としては何の変哲もない草原のなかを通る道路に黄色で北緯45度線が引いてあるだけです。それもタイヤの摩擦で所々剥げてしまっています。

(注:距離で言うと北極点と赤道の中間点はここから更に16km北に行った地点になります。地球が自転による遠心力で赤道に近いほど膨らんでいる楕円体の為に北緯45度が通る場所は地表の赤道と北極点の距離の中間地点とは異なります。Wikipediaより)

他の国では、北緯45度線が通過する場所は アメリカ合衆国:ニューヨーク州・オレゴン州・アイダホ州、イタリア:トリノ付近、ルーマニア:プロイェシュティ、中華人民共和国:内モンゴル自治区・吉林省・黒竜江省 などです。(Wikipediaより抜粋)
行った事がないのであくまで感覚ですが、同じ北緯45度線が通過している地方でも気候・植生・風土がかなり異なっている印象です。



スマホ地図アプリの測定値 北緯45度00分00秒
スマホアプリの”スーパー地形”で緯度を測った時のスクリーンショットです。
実はこのスクリーンショットをとったのは北緯45度の標識があった場所ではありません。標識から少し移動して、ちょうど北緯45度00分00秒を表示した場所でスクリーンショットをとりました。
これは、幾つか原因があると思いますが大きな理由は標識を設置したときと、現在では測地系が変わった事による為と思います。測地系とは地球が完全な球体ではない為に座標(経度・緯度)のとり方(=測地系)が複数存在していて、現在は WGS84 という測地系を使っていますが、標識を設置した時は他の測地系を使っていた為と思われます。

サロベツ原野

幌延駅付近から道は西に向かっています。少し起伏のある宗谷丘陵のへりを歩いて行くと国道40号線に合流します。この付近からサロベツ原野が広がって見えます。

牧草地が広がり、牧草地の向こうには海が横たわり、山頂が雲に隠れていましたが利尻富士が見えました。
小樽を過ぎ銭函付近からは北海道の内陸部を歩いてきましたが、ここからはそばに海を感じる様になります。”そば” と言っても海までは直線距離で10km程ありますが、空気が変わった感じがします。

牧草地越しにみえる利尻富士


サロベツ原野を歩いたと言っても、保護されている核心部分を歩いた訳ではなく、サロベツ原野の東端の道を歩いたのですが、それでもその広大さを感じる事ができました。身長の高さで写真を写してもなかなかその広大さを表現できないのが残念です。







宮の台展望台から見たサロベツ原野
以下の写真は、徳満駅から800mほど東に行った高台にある宮の台展望台から見たサロベツ原野の写真です。
高い場所から全体を見るとその広さが少しは伝わるでしょうか?

説明板によると
東西8km、南北27km、面積約2万ヘクタールとの事で、山の手線内の土地が2つすっぽり入る広さとの事です。




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徳満駅から稚内へ

日にちは変わって徳満駅からスタートです。徳満駅はサロベツ原野の北の端くらいの位置にある駅です。
北の端と言ってもまだサロベツ原野の雰囲気が充分に残っています。

最初は徳満駅から国道40号線を北上していたのですが、途中から西に進路を変えて何号線なのかも分からない草原の中の道を進んで兜沼方面を目指す事にしました。




兜沼方面への道
兜沼が近づくと草原が終わり木立が目立つ様になります。
高い山に登って標高が上がると、突然 木立が無くなり灌木に変わり熊笹が目立つ様になる事があります。ここの植生の変化は平地を歩いていてその植生の変化を見るとこができます。



宗谷丘陵の道
兜沼は深い森の中にある沼で公園やオートキャンプ場などがあります。友人が宗谷岬から南下して日本海側を通り日本列島縦断したときの2日目は兜沼のバンガローに泊まったと言っていました。

その兜沼を越えると地形も大きく変わり宗谷丘陵と言って良いかどうかわかりませんが、いずれにしても丘陵地帯の道道510号線、616号線を歩いて稚内を目指します。
上勇知付近に来ると道道は国道40号線と合流します。ここからは国道40号線を歩いて稚内を目指します。

なだらかな起伏のある地形が続きサロベツ原野とは全く別な風景です。
写真でしか見た事はないですが、ヨーロッパの田園風景の様な感じがします。
何といったら良いかなだらかな起伏の地形は柔らかく優しい感じがします。

注:歩いた道は兜沼から道道510号線、616号線、国道40号線ですが、この道が通る部分を宗谷丘陵と言ってよいのかは自信がありません。地理院地形図を見ると”宗谷丘陵”と表記されているのはここから更に東側の声問川を越えた丘陵地帯に宗谷丘陵と表記されています。
ただ地形としては歩いた道の周辺も丘陵が続いていますので本ホームページでは宗谷丘陵と表現しています。




上勇知付近からの国道40号線は広い車道と並行して、それより少し狭い側道がほぼ全ての区間に付随しています。
歩行者・自転車専用道かとも思いましたが稀に車が通っていましたので専用道路という事ではないようです。ただ車は滅多に走っていないので非常に歩き易かったです。

写真の中央に写っているのが側道、左側に写っている道がメインの車道です。


稚内

稚内市街への道
なだらかな坂を下って行くと、稚内市街が見えてきます。
今日のゴールはもうすぐそこです。

久々の海が見えました
構図が悪い写真で申し訳ないですが、
なだらかな坂を下ると建物の間に宗谷湾の海が見えます。前回海を見たのは小樽を越えた辺りですので16日振りです。

なんでなのかは分かりませんが、海が見えると、その海がごく普通のありふれた海の風景でも、なんか感動します。

最北端の駅 稚内駅
本日のゴール JR稚内駅 です。ここから先に線路はありません。
駅舎の中のガラス窓越しに 最北端の線路 の標識が見えます。雨で窓ガラスの水滴が写り込んでしまったのはご容赦ください。

と、言いつつ駅舎の待合室を出るとまた線路があります。説明板が無かったのであくまで想像ですが、現在の駅舎になる前の最北端の線路を残しているのだと思います。
昔、カニ族で北海道を旅行して稚内駅まで来た方達は右の写真の線路まで来たのだと思います。


エピローグ


いよいよ、あと一日で最終ゴールの宗谷岬に到達します。
最後の歩きの前に一日休む事にしました。せっかくなので、市街地の海食崖の上にある開基百年記念塔を訪れました。中には北方記念館があり稚内周辺の歴史や間宮林蔵の業績などを展示している施設です。

記念塔は高さ80mの塔で70mの所に展望室があります。展望室は標高240mの高さに在り稚内周辺の山より高い位置にあるので360度のパノラマが楽しめます。

利尻富士
約200万年前の海底噴火とその後の噴火活動によってできた成層火山の山というか島です。
なだらかな丘陵の向こうに穏やかな海が広がり、屹立した利尻富士の姿は美しいです。


稚内市街・宗谷岬方面
明日歩く宗谷岬が宗谷湾の向こうに見えています。宗谷岬はここから直線距離で25km程です。
サハリン(樺太)は見えませんでしたが、ここからサハリンの南端までは60数kmしか離れていません。


明日はいよいよ最北端 宗谷岬 に向かいます。


END

2019/10/8 作成

Column


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