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電子足跡:北国街道歩き旅
 二本木宿から柏原宿へ


プロローグ

このページは北国街道を新潟県二本木宿から長野県柏原宿まで歩いたページです。

この道は北国街道の最大の難所で、妙高山の裾野は ”田切地形” と言われる深いV字谷がいくつもあって道は分断され、更に新潟県と長野県の県境の峠を越えます。二本木宿から県境の峠までは500m程の登りです。勿論 現代では橋が架かり、道は舗装され、勾配がきついと思う所は県境の峠くらいです。
難所ではありますが、秀峰 妙高山 と 黒姫山 を真近に見ながら歩く事が出来る風景の良い道です。


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今日は北しなの線の黒姫駅そばの駐車場(無料)に車を置いて、電車で二本木まで行きスタートです。
国鉄が民営化して以後、ローカル線は第三セクター鉄道になって路線の名称が分かりずらいです。黒姫駅はしなの鉄道北しなの線ですが、途中の妙高高原駅からは妙高はねうまラインに変わります。

都道府県
区間 歩いた日 GPS移動距離 備考
新潟県/長野県 妙高はねうまライン二本木駅から北しなの線黒姫駅 2020年10月03日 24.8km

↑GoogleMapと地理院地図に
GPSログと写真がマッピング
された地図が開きます
 
GPSログを
GoogleEarthでツアーする方法
カシミール3D  国土地理院
(カシミール3DによりGPSログを国土地理院地形図に描画してそのイメージデータを加工したものです。)

二本木・松崎宿

昨日のゴール地点 二本木駅からスタートです。

妙高山
駅を降りると直ぐに妙高山を望む事ができます。妙高山はカルデラ地形で馬蹄形の外輪山と山頂がある中央火口丘が特徴的な山です。勿論100名山の一つです。


二本木と松崎は距離も近く現在でも家並みが続いています。この2つの宿場は15日交替で荷継などの宿場機能を交代していた合宿(あいしゅく)です。

明治天皇二本木御小休所
説明版が無かったので元々はどの様なお宅なのかは分かりません。昔のままの玄関は残して母屋を建て替えて現在もお住まいなのだと思います。

安楽寺
まるで日本昔話に出てくる様なお寺です。


路傍の石仏


松崎宿を過ぎると妙高山の裾野に広がる田園の中を進みます。
途中北沢一里塚が片側だけ残っていました。


関山宿


関山宿は今は人も疎らな家並みが続いているだけですが、かつては宿場であると同時に神仏習合の形態をとっていた関山神社、関山宝蔵院の門前町としても賑わった宿場です。
関山神社、関山宝蔵院は妙高山信仰の中核で修験僧達が宝蔵院で修行を行っていたとの事です。





消火栓の高さにご注目ください
分かりにくいかもしれませんが、写真中央の赤い柱の様なものは消火栓です。
豪雪地帯で冬場は数メートルの積雪になるので消火栓が雪に埋もれないように高くなっています。
また家の土台も人の背丈くらいの高さにして家を建てます。これも積雪対策です。

大田切


大田切は妙高山の外輪山が途切れた部分から流れ出る大田切川が妙高山の裾野に作った渓谷の名前です。この地形は ”田切地形” と言われて、妙高では更に南側に郷田切、白田切という渓谷があります。


カシミール3D  国土地理院

歩いた時はちょうど国道18号線に架かる妙高大橋の架け替え工事中でした。
車は通行止めでしたが、近くに居た現場監督に話をしたら、歩行者は歩いても良いと許可を頂きました。それも現場監督直々に道案内までして頂きました。

歩きながら工事の話を伺ったら、橋の長さは約200mになり、その橋桁の鋼材は三重県の津で作られて、仮組、塗装してから各部材に分解して運びここで組み立てるとの事でした。
鋼材の重量は1050t,組み立てに使うボルトは6万3千本との事です。
因みにどのくらい費用が掛かるのか聞いたら、自分たちが受注した部分は20億円くらいとの事でした。橋を歩く時はそれがどの様に作られ、誰が作ったのかなどとは考えもしませんが、お話を聞いたらその大変さに驚きました。
建設会社のTVコマーシャルに 『地図に残る仕事』 というのがありますが、まさに地図に残る仕事と思いました。

下から見上げると谷の深さが良くわかります。


二股宿・田切宿


二股宿と田切宿はその間1km程離れた合宿(あいしゅく)でした。その間に郷田切川が流れ深い渓谷で分断されていました。

二股五輪塔群
二股宿の入口に二股五輪塔群がありました。説明版が無かったので詳細は分かりませんが、風化の状態からかなり古いものと感じます。

二股宿の家並み
写真左の奥に見える山は黒姫山


田切宿の風景
写真右:白田切川の段丘涯にある石仏


白田切渓谷
写真左:白田切渓谷上流を望む 奥の山は妙高山
写真右:下流を望む 橋は国道18号線に架かる白田切橋


田切宿から関川宿の道


田切宿を過ぎ白田切を越えると関川宿までは妙高山の裾野を歩きます。途切れた家並みから妙高山の峰を望めます。

妙高山


関川天神社大杉
地理院地図にも ”天神社の大スギ” と掲載されている大杉です。


この社を過ぎると関川が削った段丘涯を下って上原宿・関川宿へと進みます。


上原宿・関川宿

関川はその名の通り 越後と信州の国境の川です。現在でも新潟県と長野県の県境です。

上原宿と関川宿は現在でも家並みが続いています。
五街道細見 (岸井良衛 青蛙房)の関川宿のところには “上原へつづき町” と記されています。

また、図説 新潟県の街道 (郷土出版社)の記述では
はじめは関川宿のみだったのですが、明暦5年(1655年)に上原宿が成立すると15日交替の合宿として運営されました。

関川の手前に関川関所が設けられ、佐渡金銀の輸送路でもあった為に重要な関所でした。幕府監督のもと高田藩が管理を行ない、4人の武士と足軽数人、非常勤の郷足軽10人、常勤の人見女(改女)も居たと書かれています。

上原宿


高田藩本陣跡


関川宿


加賀藩本陣 大石家


加賀藩はじめ9つの大名の本陣として使用され、明治天皇北陸御巡幸の時は宿泊所として使用されました。その後火災により消失したとの事です。間取りを見ると随分格式が高い本陣だったと思います。

関川関所
写真左:新潟側から
写真右:長野側から 手前の坂は 姥坂 と言われていました。


県境の関川


橋を渡ると長野県です。

昔は 長さ10間の大橋を渡って、中州を15間歩いて、長さ6間の三ノ御橋を渡って信州に入っていました。
現在では中州は見当たりませんが、もしかしたら長野側の対岸の鉄道が通っている赤川という土地付近は中州だったのかもしれません。

最大の難所 国境の峠

長野県に入ると最大の難所峠越えです。と言っても、中山道の碓氷峠や和田峠に比べたら何てことない峠です。標高差は100m程度です。

旧北国街道を歩けるか?
地理院地図を見ると旧国道がつづら折りに続いています。地図を良くみると旧国道を縫って道が記載されています。この道が旧北国街道なのではないかと思いますが、歩けるか検証してみました。
結論から言うと、矢印1 以外の区間は歩けませんでした。
素直に旧国道を歩いたほうが良かったです。
カシミール3D  国土地理院

矢印1の区間
普通に歩けます。坂を登りきると旧国道に出会います。
矢印2の区間
痕跡はありましたがとても歩ける状態ではありません。ガードレールや側溝などがありました。




矢印3の区間
痕跡はありましたが10mほど進んで断念しました。ガードレールが微かに残っていました。
矢印4の区間
道の痕跡すら分かりませんでした。
旧国道との出会いから撮影。

峠越えの風景


国道18号線からの風景
旧国道と国道18号線の出会いの場所は広い駐車場になっています。
辛い登りが終わると雄大な風景が待っています。


野尻宿

野尻宿は野尻湖の西側にある宿場です。

野尻宿の手前の土橋からは妙高山と黒姫山の眺望が良いです。


野尻の宿場内は本陣跡もそれを示す木柱があるだけで、あまり宿場らしい感じはしませんでした。宿場外れの一角に芭蕉句碑や石仏が集まっている場所がありました。何故この一角に集まっているのかは分からずじまいでした。





ナウマンゾウ発掘地
野尻湖と聞くとナウマンゾウの発掘を思い浮かべる方もいると思います。
街道筋は湖畔から少し離れていますが、それ程遠くはありません。

以前読んだ本では
立が鼻岬周辺と渇水期に湖面が後退して湖底が現れたときに発掘したそうです。

また、この場所はキルサイト(獲物を解体する場所)だったのではないかと言われています。

この場所で約8万点もの化石・石器類が発掘され、旧石器時代の人類がナウマンゾウの狩りをして暮らしていた事が知られるようになりました。

北国街道は旧石器時代の道?
この図は野尻宿から少し離れた街道沿いにあった説明版の図です。

ピンク色が 後期旧石器時代の遺跡が分布している所です。
赤い線が北国街道です。

北国街道の道筋は旧石器時代の遺構を繋いでいる様に見えます。

何気なく歩いて来た道は旧石器時代に人々が行きかっていた道が原型なのかと思ってしまいます。

柏原宿手前で黒姫山の暮色が濃くなりました。今日は黒姫駅近くに駐車したのでそこまで歩いてゴールです。


エピローグ

以前 この道には高速道路も国道18号線も現在の様なルートではなく、新潟県から長野県に行くには北国街道沿いの道を車で行きました。そのとき県境の道は今日歩いた曲がりくねった坂が続く道でした。何十年も経ってその坂を歩いて登るとは思ってもいませんでした。

昔、車で通ったときは、ああ妙高山が見える、黒姫が見える程度の印象でしたが、歩いて同じ風景を見ると全く印象が違いました。


END

2020年12月17日 作成

Column


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