Link


電子足跡:北陸街道(加賀街道)歩き旅
富山城下から石動へ


プロローグ

富山平野の中心部の富山城下 から西側の平坦な道を 神通川,庄川,小矢部川 を越えて石川県との県境の砺波山の麓 小矢部市石動 まで歩いたページです。

この道は北陸街道(加賀街道)は街と街を繋ぐ街道です。街を通り過ぎて田園の中を歩くとまた街が現れます。途中,高岡市では高岡大仏の前を歩きます。富山市市街を越えて射水市付近から袖壁がある旧家が見れる様になり旧街道の雰囲気が増してきます。


Amazonでショッピング 楽天市場でショッピング 楽天トラベルで予約
   


ルート
区間 ルート 歩いた日 GPS移動距離
富山駅-西高岡駅 富山城下-呉羽丘陵-願海寺-手崎-射水-庄川-高岡-立野美鳥 2016/06/02 30.9km
西高岡駅-石動駅 立野美鳥-福岡町-小矢部川-石動 2016/06/03 12.5km

↑GPSログをGoogleEarthで
ツアーする方法
↑地理院地図(電子国土web)に詳細ルート地図とポイントの写真が開きます。

北陸街道(加賀街道)富山城下から石動地図
カシミール3D 国土地理院 (カシミール3DによりGPSデータを国土地理院地形図に描画してそのイメージデータを加工したものです。)

呉羽丘陵付近

行き止まりの街道
富山市街を西に歩いて神通川を渡ると郊外の住宅地になります。住宅地の旧北陸街道(加賀街道)を行きますがJR高山本線の線路に阻まれて先に進めません。やむなく引き返して線路の反対側の呉羽丘陵多目的広場に向かいます。



写真左 :県道44号線を斜めに横切って旧北陸街道が続いていました。
写真中央:JR高山線が通っている為行き止まりです。 (多目的広場側から撮影)
写真右 :呉羽丘陵多目的広場を通る北陸街道。

呉羽丘陵から追分茶屋
多目的広場の北陸街道を行くと小さなトンネルがあります。トンネルを越えると旧街道の面影を色濃く残した呉羽丘陵の山道に続きます。まるで「タイムトンネル」をくぐったような錯覚を覚えます。
ここから追分茶屋の道標が在るあたりまでの1.5㎞位は往時の街道を彷彿させる良い道です。

注:タイムトンネルはアメリカの20世紀フォックスが製作し1966年にABCで放送されたタイムトラベルをモチーフにしたSFテレビ映画。日本では1967年に放送されました。(Wikipediaより抜粋)



写真左 :呉羽丘陵西側斜面の旧街道。
写真中央:明治天皇中茶屋御小休所碑。
写真右 :追分茶屋道標 小杉道,立山道,城端水戸田道と刻まれている。

願海寺の七曲り

田園の道
呉羽丘陵を西に下って少し歩くと田園風景が広がります。何が特徴という事はないですが伸び伸びとした田園風景が広がります。下の絵地図はあいの風とやま鉄道と北陸街道が交差する所に立っていた看板の絵地図です,道筋が所々破線になっているのは圃場整備で道筋が消えた部分です。

↓絵地図をクリックすると大きな画像が起動します。

看板が在った地点の付近には願海寺城と云う平城が在ったとの事ですが今は面影は全くありません。看板の説明文によると願海寺の七曲りは城に続く街道をクランク状にして敵の侵略を防いだという説など軍事的な理由で七曲りにしたという説が有力なようです。強者達が行きかった道も今は長閑な農道に変わっています。



手崎の道標
上の絵地図の左下の 手崎 と書かれた場所の話です。
七曲りを過ぎて県道富山高岡線を少し歩いていると斜めに接続する如何にも旧街道という道が右側に続いています。ほどなく加茂社が見えてきます。
その四つ角に「右とやま」「左いわせ」と書かれた道標があります。この道が出来た承応年間(1652~1654年)頃に建てられたものだそうです。
下の交差点の写真右側に行くと神通川の河口付近の岩瀬に続いています。加賀藩が参勤交代で通った道です。



射水市小杉町周辺

変わらない道筋
小杉町は旧街道と昭和の町並みの雰囲気が同時に残り街道沿いに所々重厚な建物が残っている町です。
更に道筋も殆ど変わっていません。写真下左は説明板に掲載されていた「礪波郡射水郡御鷹野道見取絵図」ですが,右端の三叉路,十社大明神の場所,そこから郡奉行所(現在は跡地のみ)に続く道など現在の道筋と殆ど変わっていない事が分かります。

礪波郡射水郡御鷹野道見取絵図

北陸街道(加賀街道)沿いの風景
・高寺橋より荒町方面の旧街道 ・イタリア料理ユニコネルモンド(森永酒店) ・射水市小杉展示館(元銀行本店)


・小杉新町の旧街道      ・富山県立小杉高等学校
祝!金メダル
2016年リオオリンピック柔道女子70㎏級で金メダルに輝いた田知本 遥選手の出身地です。出身校の後輩達が応援していました。
勿論,歩いた2016/6/2の時点では金メダルをとって時の人になるとは思ってもいませんでした。

高岡城下

庄川を越えると高岡市です。高岡市は高岡城の城下町として発展し街並みも城下町の雰囲気が漂います。

庄川周辺の家屋

写真上左:庄川の土手から見た家屋。滑川にもありましたが独特な構造をしています。
写真上右:下屋の屋根と2階の窓の間に泳ぐ魚のレリーフがはめ込まれている家屋。

真言宗蓮花寺の石仏群
参道の両側に石仏が無数に並んでいます。風化の状態から見るとかなり古い年代のように思います。

左側の石柱には 源頼朝公 祈願所 と刻んであります。
木造十一面観世音菩薩像が安置されていて鎌倉中期の作とされ寛喜三年(1231年)に鎌倉の大楽寺から招来した源頼朝の供養像と伝えられているとのことです。

境内に本来はお経をおさめる宝篋印塔(ほうきょういんとう)があますが,源頼朝の分骨塔と伝えられているとのことです。



高岡城址(高岡古城公園)
高岡城は加賀藩二代藩主前田利長により慶長14年(1609年)大火に見舞われた富山城に代わり加賀・能登・越中の中心に位置する現高岡の地に城下町を移して高岡城と命名したとのことです。元和元年(1615年)徳川幕府の一国一城令によって廃城になりましたが米蔵や塩蔵を設置s土塁や堀を残す措置をとりました(案内板より抜粋)。 現在は往時の面影を残す建物は無く土塁と堀が面影を保っています。
変にコンクリートで再建された本丸や櫓があるよりも「兵どもが夢のあと」という雰囲気があり何故か郷愁に駆られます。



大仏寺 高岡大仏
高岡と言えば高岡大仏。奈良・鎌倉の大仏と並び日本三大仏と言われています。銅製の阿弥陀如来座像です。東を背にしているので季節によっては光輪に太陽が昇るのを見ることが出来るそうです。

大きな伽藍がある境内に鎮座している訳ではなく,歩いていると町の中に突然現れるので意外感と同時に町の大仏さんといういう感じで親しみが沸きます。

高岡市街の北陸街道
現代的な市街地の中にもところどころ格子戸の家がある城下町の雰囲気が残る道筋を歩きます。


西高岡駅まで歩いて今日の行動は終わりです。

高岡市福岡町付近

日にちが変わり西高岡駅からスタートです。

旧福岡町町内
福岡地区の町内に入ると袖壁がある格子戸の家屋が点在するようになります。


朝早いので通勤通学の人達が行きかいます。朝,車や自転車がいっぱい通るのを見ると何でこんなに人が行きかうのだろうと疑問が沸き,次に通勤時間帯かと理解し,そしてもう自分は仕事をしていないんだと思い至ります。仕事を辞めた事を実感する瞬間です。

旧福岡町郊外の田園地帯の道
街が途切れると景色が田園地帯の道に変わります。

写真左:福岡町本
写真中:本領付近のよく手入れされた防風の為の屋敷林
写真右:街道から両白山地方面を望む


小矢部市

高岡市を越えますが市境は判然としないまま小矢部市に入り,田園の風景を楽しみながら歩きます。

小矢部市荒川保育所
長閑な田園を歩いているとレトロ感溢れる建物が現れました。写真は小矢部市荒川保育所ですが保育所とは思えない作りです。建物は戦前の近衛師団司令部と国立近代美術館工芸館をモチーフにして建てられているとのことです。小矢部市は公共建築をレトロ感がある建物で新築して他にも35棟の同様な建物がありメルヘン建築と言われているそうです。

路傍の光景
北陸街道(加賀街道)を歩く上で興味をそそられる事のひとつに寿永二年(1183年)5月11日にあった源(木曽)義仲と平維盛の戦があった倶利伽羅峠を歩くことです。
路傍の石柱に木曽義仲がこの道を通って倶利伽羅峠の手前の埴生八幡林に陣を敷いたと書いてあります。倶利伽羅峠の期待感が高まります。
そして時は流れ,慶応4年(1872年=明治元年)官軍がこの道を京から江戸に向かいました。
中世と近代の扉が開く足音が響いた道です。

写真左 :木曽義仲の碑
寿永二年(1183年)五月十日,源(木曽)義仲がこの地を経て埴生八幡林に陣を敷いたという事が書いてあるらしい。
写真上中:勅使桜:戊辰戦争の時に官軍1700名が休憩した場所に後に村民が桜を植えた場所。
写真上右:芹川一里塚跡
写真下中:昭和初期を感じさせるふとん店

倶利伽羅峠の戦:
富山県と石川県の県境の峠。牛の角に松明を付けて夜襲をかけて木曽義仲軍が勝利。平家は撤退を余儀なくされ義経を中心にした源軍に押され京から西国に落ち延びて行くきっかけになった戦です。

石動町内
小矢部川を越えると今日の終着地の石動です。石動の街は明るくて開放的な感じがします。


五郎丸屋
街の中にひと際存在感がある建物があります。宝暦二年創業(1752年)の「薄氷本舗 五郎丸屋」です。
薄氷が割れた形をイメージしたお菓子が有名です。



END


2018/12/14: ver5.17.0 ポップアップ地図をGoogleMapから地理院地図(電子国土web)に変更
2016/09/05: ver3.20 内部処理修正
2016/08/27: ver3.10 作成
 

Column


広告

広告

広告