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電子足跡:旧甲州街道歩き旅
 阿弥陀海道宿から駒飼宿へ 笹子峠越え


プロローグ

2019年12月01日に笹子峠を目の前にして阿弥陀海道宿まで歩いて中断していた旧甲州街道歩き旅を1年4か月ぶりに再開しました。
この道は旧甲州街道最大の難所 笹子峠 を越える道です。
ほぼ県道212号線に沿って旧甲州街道が続きますが、街道歩きと言うより、未舗装の山道を歩くので登山的な要素がありますが、深い山に囲まれた森の中を歩く良い道です。
途中に樹齢1000年を超すと言われている 矢立の杉 があります。

下の地図を見て頂けると分かりますが、この場所は旧甲州街道、県道212号線、国道20号線、中央高速道 と四世代の道が通っています。地形的に笹子峠を越える道が一番効率的という事なのだと思います。それにしても昔の人達は測量をした訳でもないのに経験的にこの道が一番楽なルートと知った事になる訳で昔の人達の感覚は現代人の鈍った感覚とは異なっているのだと思います。


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注意:
笹子駅も甲斐大和駅も駅周辺にコインパーキングなど駐車場がありませんでした。
仕方がないので石和温泉駅に車を置いて電車で笹子駅まで行って歩き始めました。笹子峠を越えて甲斐大和駅まで歩き、甲斐大和駅から電車で石和温泉駅まで戻りました。

都道府県 区間 歩いた日 GPS
移動距離
備考
山梨 笹子駅~甲斐大和駅 2021年03月26日 12km


↑GoogleMapと地理院地図にGPSログと写真がマッピングされた地図が開きます GPSログを
GoogleEarthでツアーする方法

カシミール3D 国土地理院 
(カシミール3DによりGPSログを国土地理院地形図に描画してそのイメージデータを加工したものです。)

黒野田宿


笹子駅前を走る国道20号線が旧甲州街道です。駅前のガードをくぐると、これから歩く黒野田宿の家並みの向こうに笹子峠方面を見る事が出来ます。

黒野田宿は本陣門が残り、笠懸地蔵や秋葉山常夜燈など江戸後期の遺跡が街道筋に見る事ができます。

笠懸地蔵
頭に独特な笠を乗せているのでその名で呼ばれています。
安政2年(1855年)の建立です。その2年前に黒船が来て、翌年安政元年(1854年)は大津波から村人を救った「稲むらの火」で有名な安政南海地震が発生し、そして安政2年は安政江戸地震が発生した年です。

何故、笠を冠っているのかについては由来が定まっていないとの事で、説明版には 天明の百姓一揆を農史にとどめた、或いは天保の大飢饉、重税、餓死・心中など領民を襲う苦難から救われる様に心願したと書かれていました。
また、インターネットには笠の後ろに ”秋葉山 安政二年卯年五月” と刻まれいるので、火伏信仰の燈篭で、柱だった人の部分と燈篭の宝珠の部分が笠の部分として残ったのではないかという説も紹介されていました。
自分なりに建立された理由を推理するのも面白いかと思います。

天野本陣
明治13年(1880年)行幸の際に宿泊所となった本陣です。

秋葉山常夜燈
笹子川を渡る少し手前に残っています。先の笠懸地蔵の1年前の嘉永7年(1854年)の建立です。個人的には笠懸地蔵の笠はなんとなく台座の部分の様に見えてしまいます。

笹子川を渡って少し進むと道沿いに桜が咲き誇っていました。
ここは標高643mですが、それでも3月末にほぼ満開の桜です。今年(2021年)はやはり桜の開花がかなり早かったようです。
この後、ゴールの長野県下諏訪までは標高が徐々に上がるので、行く先々で桜が咲き、歩いて行く土地で桜が満開の状態という何とも贅沢な歩き旅でした。


笹子峠越え

国道20号線が大きくカーブして笹子川を越えると左に入る道があります。最初は県道212号線を歩きますが、直ぐに新田地区で北西に進む道が現れます。この道が新田沢に沿って進む旧甲州街道です。ここから本格的な登り道が始まり笹子峠までは400m程の登りです。

写真左:新田地区の案内板
 文字が消えかかっていますが 「甲州街道」 「矢立の杉」 の文字が読み取れます。
写真右:ひな壇状の石垣
 かつては山の斜面を切り開いて、家屋が立ち並んでいたのでしょう。


建設会社の資材置き場と思われる脇で舗装の道は終わりです。
ここから本格的な山道が始まります。


旧甲州街道は杉の森の中に続いています。道はしっかりとしていますし、時々県道212号線のガードレールも見えますので安心して歩けます。


上の右の写真 ”矢立の杉の幟” が在る所で一旦国道212号線に出ます。

少し舗装道路を歩いて橋を渡って大きなカーブを曲がると 「笹子峠自然遊歩道」 の大きな看板が在る所で再度 旧甲州街道に入ります。

新田沢の急斜面を切り開いて道を付けたのでしょう、絶壁の中に道が続いています。


三軒茶屋跡

五街道細見 (岸井良衛 青蛙房)には 中の茶屋 と記載されています。かつては茶店があって賑わっていたと思いますが今は石垣を残すのみのです。 
明治13年6月19日 明治天皇行幸の際にこの地に在った天野治兵衛の茶店で休んだと説明版に書かれていました。


矢立の杉

前出の五街道細見に 中の茶屋 と並んで 矢立の杉 が書かれています。当時から名所だったのでしょう。出陣する武士がこの杉に矢を射立て武運長久を祈ったのでその名が付いたと言われています。
説明版には 根廻り幹囲14.80m 目通り幹囲9.00m 樹高約26.50m と書かれています。回りの杉と比べるとその太さを実感できると思います。樹齢1000年と言われています。
中は空洞になっていて他の方のホームページに幹の中に入って空を見上げた写真も掲載されていますが、現在は樹勢維持の為に中に入れない様に網がかかっていました。


多くの方のホームページに杉良太郎が作詞作曲して歌っている 「矢立の杉」がゼンマイ仕掛けの装置から唄が流れますと書いてありました。ゼンマイ仕掛け?っていったいどんな仕掛けなのと思っていました。写真の様に大きめの丸いハンドルを20回程回すと唄が流れます。
矢立ての杉にはウッドデッキにテーブル・椅子が設置されているので 矢立ての杉の歌を聞きながら休むのに丁度良い場所です。

矢立ての杉には県道212号線を通り車でも行くことができます。笹子トンネルの前後は冬期間通行止めになるので通行状態を確認してください。

笹子トンネル

矢立ての杉を過ぎて暫くすると尾根の少し急な道になります。旧街道というよりほぼ登山道の様な道です。

登っていると軽やかな足取りで下って来る方にお会いしました。
甲州街道を下諏訪宿から日本橋に向かって歩いているとので今日で5日目との事でした。甲州街道以外に中山道を既に踏破し、驚いた事にスペインの巡礼の道 サンティアゴ巡礼路も歩いた事があるとの事でした。
Facebookを利用して歩きの写真を公開しているとの事でしたので、今度Facebookのアカウントを作って閲覧してみようかなと思いました。僅かな時間お話しただけですが楽しいひと時でした。
また何処かでお会いできると良いですね。


尾根道を登って行くと、何の前触れもなく県道212号線のガードレールが切れた所に出会います。ここからは県道212号線の舗装された道を進みます。

笹子トンネル
昭和13年3月に完成し昭和33年に新笹子トンネルが出来るまで主要道路として活躍していました。平成11年に登録有形文化財に指定されています。
大月側は見事な装飾が施されていますが、甲府側は素っ気ない感じです。このトンネルは甲府へ入る正門の様な位置づけなのでしょう。
明治37年(1904年)に完成した下田街道の石造りの天城トンネルは無骨な感じですが、こちらは洗練されたデザインです。

写真左:大月側    写真右:甲府側


旧甲州街道は笹子トンネルの右側の説明版の所から登る道が続いています。

笹子峠

トンネルからはあと少しで笹子峠です。少し道が分かりずらい所がありますが木の幹にピンクのテープが巻いてあるのでテープを目印に進みます。


ここが甲州街道最大の難所と言われている笹子峠の風景です。
大月側からの風景


甲府側からの風景





峠を越えて下り道は直ぐに県道212の笹子トンネルの甲府側付近に出会います。
道路の反対側のガードレールが切れた所から下りの道が続いています。


大月側より甲府側の道の方が分かり難いですし、沢を渡河する場所や崖っぷちの上を歩く所もあります。


私は高所恐怖症なので笹子峠越えの道の中でこの橋を渡るのが一番怖かったです。


本来の旧甲州街道

「ちゃんと歩ける甲州街道」(八木牧夫 山と渓谷社)には桃ノ木茶屋付近から駒飼宿の江戸口付近まで笹子沢川の東側に本来の旧甲州街道の道筋が記載されて”通行不可”と書かれています。
桃ノ木茶屋跡の標識の周辺で道の痕跡があるか見てみましたが、それらしい痕跡は確認出来ませんでした。
また県道212号線から見える笹子沢川の両岸は切り立った崖になっていて、沢登りやロッククライミングが出来る様な装備とスキルがないととても歩ける状況ではないと思いました。



駒飼宿


駒飼宿は笹子峠を源流とする笹子沢川が大菩薩嶺を源流とする日川と合流する付近に発達した宿場です。
県道212号線を歩いて、遠くから駒飼宿が見えると、難所の笹子峠を越えたという安心感が沸いて来ます。

芭蕉句碑
駒飼宿の江戸口付近にあります。

 秣(まぐさ)負う 人を栞の 夏野哉

この句は芭蕉と曾良の おくのほそ道 の道行で那須の黒羽(栃木県)に居る門人を訪ねて行った俳諧の発句です。
この句碑には ”栞” と書かれていますがインターネットを調べると ”枝折” と書かれています。”枝折”は道が分からない所を歩くとき枝を折って目印にしながら歩く事を云うそうで、転じて街道の道標も指すようになったとの事です。

おくのほそ道の”那須野”の段にこの句が生まれた背景が書かれています。広い那須野で、馬の餌の草を刈っている農夫に道案内を頼んだのですが、案内をする暇が無いので農夫が馬を貸して馬に道案内をしてもらったと云うエピソードが書かれています。

那須の羽黒で詠んだ俳句の句碑が何故、何のゆかりも無いこの地に在るのかなと思いました。想像ですが 駒飼 という地名と馬が旅人を助けたというエピソードが、この宿場にマッチするのでこの句を選定したのかなと思いました。

さて、駒飼宿の風景ですが
本陣は取り壊され本陣が在った事を示す”木柱”と”明治天皇御小休所址”でそれを知るのみですが、家並みは宿場の面影を残しています。
なんと言ってもお城の様な石垣が印象的で、古の人々が山間の平地の少ない土地に石垣を築いて家を建て、家族が寄り添って生活してた、逞しさと愛おしさを感じた印象に残る家並みでした。






この後、国道20号線と出会い、JR甲斐大和駅まで行って今日の歩きは終わりです。

エピローグ

笹子峠を越えた感想ですが、意外とすんなりと越えたという印象です。
良い所に矢立ての杉のウッドデッキが在って休むのに丁度良かったです。
甲府側は道が分かり難い所がありましたが、道が険しいという事もなく深い山の中を歩くのは心地よかったです。

本日の温泉
 
勝沼ぶどうの丘 天空の湯

JR勝沼ぶどう郷駅のそばの小高い丘の上にある温泉です。
満開の桜の中、露天風呂からはこれから歩く甲府盆地が一望できる風景の良い場所に立地しています。
笹子峠の歩きを振り返りながら露天風呂で疲れを癒し、甲府盆地を望みながらこれからの歩き旅を想像しながら湯舟に浸かるのは贅沢なひと時でした。






END

2021/04/13 作成
 

Column


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