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電子足跡:日光街道
 大沢宿から日光東照宮


プロローグ


2016年3月3日 晴れ。 風は冷たい 
GPSでの移動距離 18.4㎞

昨日と同じく道の駅日光に車を置いてバスで移動してバス停の大沢小学校入口からスタートです。


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日光街道大沢から東照宮地図
本地図はカシミール3DによりGPSデータを国土地理院地形図に描画してそのイメージデータを加工したものです。

大沢宿 杉並木の始まり


昨日歩いた杉並木の終点から500m程離れて大沢小学校前に杉並木の入り口があります。
写真の左側が杉並木,右側が国道119号線。杉並木の中は車が殆ど通りません。(注:交通規制している訳ではありません。)

朝日が差し込み清々しい道です。


水無一里塚


江戸から32番目(約125km)の一里塚で街道の両側に塚が良く残っています。
一般的な一里塚は欅などの広葉樹が植えられますが,杉並木にある一里塚は杉が植えられているのが特徴です。


延命地蔵尊


大沢宿からの杉並木が途切れる少し手前の水無付近に小さな祠があります。周囲に石仏があり良い雰囲気です。
〔歩く地図でたどる日光街道 k-67大沢宿-今市宿〕 によれば延命地蔵尊との事です。


延命地蔵尊の所から杉並木の外に出ると,今歩いてきた杉並木がずっと続いているのが見えます。
杉並木の中は大きな神社の境内に居るような雰囲気ですが一歩外にでると陽光が眩しい早春の風景が広がっています。


杉並木を走る車


水無付近で杉並木が一旦途切れ国道119号線バイパスと合流します。ここから1.5㎞ほどバイパスはなく杉並木の中を車も一緒に走っています。でも全てではないですが路肩の土塁の上に歩道が整備されていたりします。

来迎寺の石仏


石仏の写真が多くて恐縮ですが,森友交差点付近の来迎寺の参道に鎮座していた石仏。
少し憂いがある優しいお顔をしています。


森友付近の杉並木


森友交差点から国道119号線は旧街道と分かれます。
ほんの数10m離れた道は車が往来していますが杉並木の旧街道は静寂な時間が流れています。


七本桜の一里塚


あまりにも大きな杉なのでこれが一里塚と思わなかったくらいです。確かに根元には塚があります。
江戸から数えて33里目の一里塚で以前は付近に7本の桜があったとの事です。
因みに32番目の水無一里塚を通過したのが9時頃で33番目の七本桜の一里塚を通過したのは10時15分頃でした。
写真を撮りながら歩くと時速3㎞程になってしまいます。
七本桜の一里塚は幹が空洞になっており大人が4人ほど入れるので「並木ホテル」と言われていると案内板に書いてありました。でも「並木ホテル」より「旅籠 杉並木」の方がよいのではないかと思いますが如何でしょうか?
 

今市宿から鉢石宿へ


今市宿手前の風景

七本桜の一里塚を過ぎると東武日光線と交差します。コンクリート建築物ですが意外と風景に溶け込んでいます。杉の間から残雪が残る日光の山々が望まれます。いよいよ東照宮が近いと実感します。


今市宿 日光街道と例幣使街道合流


今市の中心部に近づくと杉並木は途切れ国道119号線と合流します。
左側の写真は杉並木が途切れる付近の写真です。この合流点は例幣使街道との合流点でもあります。右側の写真は解りづらいのですが右の杉並木が例幣使街道,中央アスファルト道が国道119号線,左に少し見える杉並木が歩いてきた日光街道です。


今市宿 報徳二宮神社


道が合流して直ぐの今市市街に報徳二宮神社があります。
二宮尊徳(金次郎)の本を読みながら薪を背負った銅像は多く人達が見たことがあると思いますが,お墓が日光に在るとは思いもよりませんでした。折角なので参拝しました。
遺言では墓碑を建てず土を盛ったところに松か杉を植えれば良いと遺言したとのことですが,門人達が後日墓碑を建てたと説明板に書いてありました。まさか後年こんなに立派な神社になるとは夢にも思わなかったのではないかと思います。


今市市街


市街地は旧街道の面影はほとんどありません。それでも道路脇に格子戸の家があり往時を偲ばせます。


杉並木の始まり


市街地を過ぎると瀧尾神社が在ります。ここから杉並木が再開します。
杉並木の始まりに幣束が奉納されていて神域に足を踏み入れる感じがします。ここからの杉並木は舗装されておらず土を固めた当時の雰囲気を残した道です。この場所は東武日光線上今市駅のすぐそばです。時間が無い方はここから東照宮まで約8.5㎞の旧街道を歩くだけでも日光街道を充分堪能できるのではないかと思います。


杉並木公園


街道の北側に沿って杉並木公園が整備されています。街道の外側から杉木立を見ると随分と背が高い事に驚きます。
公園の梅が咲いています。季節を感じながら歩けるのも魅力のひとつです。


歴史的な街道ですが近所の方達が散歩を楽しむ道でもあります。歴史の流れを感じながら歩く贅沢な散歩です。散歩していた方と数100mご一緒歩かせてもらいました。リュックにトレッキングポールそしてカメラをぶら下げている私の姿を見ても特になにもお聞きにならなかったので,ここでは旧街道を歩く人は特に珍しくは無いのではないかと思いました。



瀬川の七本杉伐採痕


こんなに大きな切株を見たのは初めてです。
切株の左後ろに杉の木が見えますがそれが普通の杉の太さです。七本の杉の根幹が密着して一株になったとの事です。長年の風雪に耐えられず1968年に危険な為伐採されたとの事ですが伐採されてもこの存在感を放っているって凄いです。
歳を取っても新しい発見や驚きがあります。

砲弾撃込杉


戊辰戦争の時,会津に向かう交通の要衝である今市宿をめぐる攻防で反幕府軍が放った砲弾がこの杉に命中し炸裂した跡との事です。今は静かにたたずんでいるだけなのでそんな歴史が有ったとは想像できません。
と,インターネットで読んだ事を書いたのですが,
今市宿が日光・会津に向かう交通の要衝という記述が引っ掛かります。
日光は良いとしても会津には奥州街道で行くのではないのか?宇都宮から北上すれば今市宿は通らないはず・・などと疑問が沸いてきます。で,地図を見ると国道121号線が通っています。国道121号線はかつての会津西街道(下野街道)かと思い起こし反幕府軍は会津西街道も進軍したのかと納得しました。



石畳の道


歩いて行くと所々小さな集落があります。旧街道は生活道路として今でも活躍しています。
ただ他と違うのが道が石畳になっていて凄く風情があります。いつも通る道が石畳って凄く贅沢です。


鉢石宿から東照宮


日光駅手前

JR日光駅の手前でいよいよ杉並木が終わりに近づきます。杉並木の向こうに東照宮の門前町でもある最後の宿鉢石宿が華やいだ感じで広がっています。


鉢石宿
旧街道オタクの思い入れだと思いますが,高度成長期に発展した観光地と異なり,街並みが何となく趣があり懐かしい感じがします。極め付けは一番奥まった日光物産の重厚な建物ではないでしょうか。


日光東照宮
逆光に光る神橋を見ながら日光橋を渡ると後は神橋北詰の表参道の登るだけです。
いつも旅が終わる少し前が一番興奮します。もう少しでゴール出来る期待感。もう歩かなくていいという安堵感。ゴールする達成感。ゴール間近なのに一歩がなかなか進まない苛立たしさ。色々な気持ちが入り混じった何とも言いようのない感情が沸いてきます。


ゴール地点の日光東照宮
これで歩きは終わりです。全行程を踏破した嬉しさと安堵感がふつふつと沸いてきます。

と言いつつこれから東武日光駅まで引き返して今市まで車を取りにいきます。
これがTVのロケかなにかなら,ロケバスが直ぐそばで待っていて,スタッフの方達が「お疲れさま!」とか言って,ビールで即乾杯になるのでしょうけど。
独り旅の悲しさ,最後まで全て自分で処理しないといけません。なんか帰り道はうら寂しいです。



END

2018/12/03  ver5.17.0 ポップアップウインドウ地図をGoogleMapから地理院地図に変更。
2016/09/15 ver3.30: 地形図画像,その他を変更。
2016/04/08 作成

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