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電子足跡:日本海夕日海岸歩き旅
 信濃川河口から出雲崎へ


プロローグ

新潟市の信濃川河口から出雲崎まで日本海の海岸線に沿って夕日をテーマにして歩いたページです。
茜色に染まる空が少しずつ深い藍色に変わり,やがて漆黒の闇が訪れる風景は荘厳なドラマを見ている様な感動を覚えます。新潟県の海岸はどこからも夕日が見える美しい海岸線です。
夕日が沈むとき太陽が一瞬緑色に光るグリーンフラッシュを見ました。写真を掲載してあります。


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アクセスについて
信濃川河口へはJR新潟駅から入船営業所行きのバスが出ています。
信濃川河口から柏崎市までの海岸線は鉄道が通っていない為あまりアクセスが良くありません。
海岸線から数キロ内陸に離れますがJR越後線が新潟駅から柏崎駅まで通っています。海岸線から近い駅でも数キロ離れています。
私は長岡市在住なので妻に送り迎えを頼んで歩きました。

ルート
区間 歩いた日 GPS移動距離  備考
信濃川河口~角田浜 2017/08/26 27.9㎞ 角田浜キャンプ場にてキャンプ泊
角田浜~間瀬 2017/08/27 9.1㎞ 猛暑の為計画中断
間瀬~寺泊 2017/09/24 12.5㎞ 寺泊海岸にてキャンプ泊
寺泊~出雲崎 2017/09/25 16.1㎞ 道の駅 出雲崎天領の里 ゴール
   合計 65.6㎞  

日本海夕日海岸歩き旅 地図


GPSログをGoogleEarthで
ツアーする方法

↑地理院地図(電子国土web)に
詳細ルート地図とポイントの写真が開きます。

日本海夕日海岸歩き旅概略地図

カシミール3D 国土地理院 
(カシミール3DによりGPSログを国土地理院地形図に描画してそのイメージデータを加工したものです。)


信濃川河口


埼玉・山梨・長野の県境が接する甲武信ヶ岳を源流として流れ始めた水滴は長野では千曲川と呼ばれ,新潟に入ると信濃川と名前を変え367㎞の旅を終えてここで日本海にそそぎ旅を終えます。そして更に長い旅に出発します。

”入船みなとタワー”からの風景
入船みなとタワーは信濃川の川底をくぐる新潟みなとトンネルの換気塔に併設された展望施設です。7階(高さ27m)は展望室になっており日本海・新潟市街が一望できます。

写真左:日本海にそそぐ信濃川
写真右:信濃川を進む佐渡島行きカーフェリー


写真左:新潟市中心部を望む
写真右:スタート地点の係留杭


砂丘の道


信濃川河口から本日の目的地の角田山の麓まで地理院地形図に記載されているだけでも寄居浜・関屋浜・五十嵐浜・角田浜と浜が25㎞程続いています。
鳥取砂丘の様にわかり易い地形ではないのですが,この区間は海岸線沿いに海抜20~30m程の砂丘がズッート続いています。言わば砂丘を歩いていく事になります。

写真左:砂丘の中腹に続く遊歩道
写真右:関屋浜 トワ・エ・モワの”誰もいない海”が頭の中で流れます。


写真左:飛砂で遠くが少し霞んでいます。
写真右:佐渡島を背景にカイトサーフィン


写真左:四ツ郷屋・越前浜付近の砂丘
写真右:角田山方面を望む


砂丘ではその地質を活かしてチューリップやスイカ或いは葡萄の栽培が盛んです。
小学生の頃、社会科の授業で新潟県はチューリップの栽培が盛んだと習った記憶があります。
この歳になると花より団子になっていますが、チューリップよりも砂丘で育った葡萄で醸造するワインが美味いと思う様になりました。

上の写真の角田山のそばに CAVE D’OCCT(カーブドッチ)というワイナリーがあります。
何回か飲んだ事がありますが、香りが豊かで複雑な味の美味しいワインです。
普段はローコストのワインを飲みますが、特別な日にはワイナリーにまで行ってワインを購入し、家で作った料理と一緒に飲む様にしています。わざわざワイナリーまで行って購入したワインで食事を楽しむって贅沢な時間です。

何年か前に、以前仕事でお世話になった方がご夫婦で東京から遊びに来てくれた時にCAVE D’OCCTのワインを一緒に飲んだのですが、随分と喜んで頂いて、それ以来、贈り物をするときは日本酒とワインを贈る様になりました。
日本酒は美味しいし、ワインも美味しいし、新潟県は豊かな土地だと思います。

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角田浜の夕景


夕日が西に傾き徐々に青から茜色の空に染まっていきます。今日の目的地角田浜です。

横たわる佐渡島に沈む夕日
佐渡島に沈む夕日



角田岬の夕景

日本海角田浜の夕日

今日は角田浜キャンプ場でテント泊です。虫の声が聞こえる松林の中の静かなキャンプ場です。

イラスト 一人夕暮れの浜辺
  Hirokiさんのイラストです。  一人夕暮れの浜辺

朝。良く晴れた青空です。


越後七浦


灯台がある角田岬のトンネルを過ぎると,越後七浦と言われる海岸になります。砂丘の道から一転して角田山・弥彦山が海に切れ落ちる日本海の荒々しい風景にかわります。









間瀬


間瀬は弥彦山と海岸に挟まれた僅かな平地に広がる小さな漁港です。
”日本海間瀬サーキット”があるのでバイク好きの方は聞いたことがある地名かもしれません。
穏やかな海で,過ぎて行く夏を惜しむように釣り人や海水浴客が遊んでいます。静かな海に煌めく光を見ると”平穏”な気持ちになります。

写真左:間瀬の集落
写真右:間瀬の海岸


写真左:間瀬の海岸
写真右:越後七浦観音


野積海岸


野積海岸まで来ると荒々しい風景は終わり,夏場はカラフルなサーフボードに彩られた広々とした海岸線が広がります。

写真左:獅子ヶ鼻
写真右:野積海岸


写真左:野積海岸のサーファー
写真右:野積みの滝


写真左:道路沿いにある立岩
写真右:茅葺の民宿


Cafe Windsの展望デッキの恋人達

日本海野積海岸 Cafe Winds展望デッキの恋人達

写真右:大河津分水河口に沈む夕日
大河津分水は信濃川の氾濫を防ぐ為に 開削した人工の川です。もう一つの信濃川の河口です。


グリーンフラッシュを見た事ありますか?
この日は良く晴れて,少し秋の風を感じるような天気でした。
気象条件がそろった時,日の出や日没のときに,太陽が水平線や地平線にかすかに見えている一瞬,太陽が緑色に輝く稀な現象です。”まばたき”をするくらいの僅かな時間だけ見えます。
なかなか見れないのでグリーンフラッシュを見た者は幸せになると言われています。展望デッキの恋人達も見えたかな?

昔の事ですが妻との初デートは野積海岸でした。もう何十年も前の話です。

日本海野積海岸のグリーンフラッシュ

日本海野積海岸のグリーンフラッシュ

*画素が荒れた画像ですみません。グリーンフラッシュを見て欲しかったのでかなり拡大しました。

今日は寺泊海岸でキャンプ泊です。
夜空に満天の星が煌めいています。写真を写せないのが残念です。今度から三脚を装備に加えようかと思案中です。

寺泊


”魚のアメ横”と言われる魚の市場通りは休日ともなると多くの観光客が訪れる海岸です。
古くは都から落ち延びる義経主従が寺泊の五十嵐家にかくまわれたと言われており。五十嵐家の跡地には”弁慶手掘りの井戸”が残されています。

写真左:キャンプ泊の朝@寺泊海岸にて
写真右:”魚のアメ横”こと魚の市場通り


写真左:寺泊町内の向こうに見える弥彦山


出雲崎


出雲崎は演歌歌手のジェロさんが2008年に歌った「海雪」の歌詞に出てくる地名なのでご存じかもしれません。
それにしても 作詞:秋元康 作曲:宇崎竜童 という組み合わせで演歌というのが驚きです。

この章は ”いろいろ歩き旅” から ”街道歩き旅” の様な内容になってしまいます。この付近の海岸線は北国街道が通っていました。
出雲崎は古来より佐渡金銀山の荷揚や北前船の寄港地として栄え江戸時代には幕府直轄の天領地になった地です。
また元禄時代には松尾芭蕉・曾良が出雲崎に宿泊し,”おくのほそ道”には
  
  文月や六日も常の夜には似ず
  荒海や佐渡によこたふ天河 
    の二句が残された地です。

二つの句を並べて読むと,
明日は七夕,闇夜の空の上で牽牛・織姫のたった一夜の逢瀬に思いをはせ
漆黒の海を越え,宇宙を感じさせる壮大な風景。
その中に自然界の時間軸に比べればほんの一瞬だけ小さな人間が出会い・生きるさまを思う仏教的な無常を感じる句だと思います。

興覚めな事を書きますが、松尾芭蕉に随行した河合曽良の日記には、出雲崎に宿泊したのは、元禄2年7月4日(1689年8月18日) 申の上刻(午後5頃)に出雲崎に到着して宿泊したと書かれています。
さらに 『夜中、雨強降。』 と書かれ、翌日の日記には 『朝まで雨降ル。辰ノ上刻止。』 (午前7時頃)と書かれているので、出雲崎に宿泊した日の夜は雨で天の川は見えなかったのではないかと思います。

暴露的な事を書きましたが、いずれにしても芭蕉は <越後路> を歩いている時に何処かで日本海に浮かぶ星空を見て 「荒海や・・・」 の句の着想を得たのだと思います。
わずか17文字のなかに、かすかに光る日本海の上に、明るく瞬く星々が巡る壮大な風景と悠久な時の流れを感じます。

写真左:出雲崎宿入口
写真右:出雲崎の街並み


写真左:出雲崎港の風景
写真右:道の駅 越後出雲崎天領の里 にある芭蕉像


芭蕉と曽良は翌日出雲崎を発ち,40数㎞離れた鉢﨑宿に旅立っています。

良寛について
私は新潟県出身ですので出雲崎出身の良寛の名は子供の頃から無私無欲の僧侶として幾度となく聞きました。
出雲崎の 名主 橘屋 の長男に生まれ,名主を継ぐべく名主見習いをしていた18歳の時に突然出家します。
名主見習いとして凶作や疫病で苦しむ人達や罪人の処刑などを見て,救いのない人々の生き様を見聞きした為と言われています。
22歳の時岡山県玉島の円通寺で12年間修行をし,その後諸国を巡った後に38歳で故郷に帰り粗末な庵で清貧な暮らしをした僧侶です。
子供達と毬つきやかくれんぼをして遊び,高名な人から書を依頼されても断るにも関わらず,子供が凧に文字を書いてくれと頼まれれば喜んで書いてやるなどの逸話が多く残っています。

写真左:毬つきをする良寛像
写真右:生家 橘屋の跡にある良寛堂


出雲崎の夕日
道の駅 越後出雲崎天領の里 がゴール地点です。
道の駅の敷地内に出雲崎の歴史を紹介する”天領出雲崎時代館”や”石油記念館”が併設されており通常の道の駅とは少々雰囲気が異なります。
なんと言っても”夕凪の橋”と言われる海上に突き出た展望デッキが印象的です。

夕凪の橋


”夕凪の橋”から撮影した日本海に沈む夕日をご覧ください。


エピローグ


学生時代や仕事の関係で合わせて20数年間新潟県を離れた事はありますが,新潟県に生まれて新潟県で育って見慣れた土地です。改めて新潟県を歩いてみると多様な地形や風景の美しさが有る事を発見しました。ビックリする程と言う訳ではないですが,意外と近くに静かに深く感動できる場所があるものだと思いました。

電子足跡ルート地図:日本海夕日海岸歩き旅 信濃川河口から出雲崎へ

END

2020/12/07 イラスト追加
2020/06/18 ver6.24.03  CAVE D’OCCTの記述とアフリエイト追加
2018/12/23 ver5.17.01 ポップアップで起動する地図をから地理院地図(電子国土web)に変更
2017/10/23 作成


Column


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