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 栃木今市宿から会津城下へ
  イザベラ・バードが通った道

プロローグ

会津西街道は日光東照宮の手前、日光街道との追分がある栃木県今市宿から福島県会津城下まで続いているおよそ115kmの街道です。会津側では下野街道とも南山通りとも呼ばれていました。

会津西街道を歩く事にしたのは、明治11年(1878年)にイギリス人女性探検家イザベラバードが日本奥地紀行の旅で通った道である事を知ったからです。
横浜を旅立ち、日光に滞在した後、下記の日程で会津西街道を北上しています。
 6/24:栃木県日光→小百→藤原宿(泊)
 6/25:藤原宿→五十里宿(泊)
 6/26:五十里宿→山王峠→福島県糸沢宿→川島宿(泊)
 6/27:川島宿→田島宿→大内宿(泊)
大内宿からは会津西街道を外れ市野峠を越えて高田宿に進んでいます。
著書 「日本奥地紀行」 には当時の日本の情景や人々の暮らしぶりが描かれているので、およそ150年前イザベラが見た情景を想像しながら歩いてみたいと思ったからです。

会津西街道は那須連山の西側の山間を通り、会津と江戸を結ぶには奥州街道より近いので、北条攻め後の奥州仕置きが完了した豊臣秀吉は会津西街道を南下して帰途につきました。江戸時代には会津藩は勿論周辺の藩の参勤交代の道であり、更に会津藩の廻米の輸送路としても使われ、幕末には新政府軍が会津に侵攻する街道のひとつになりました。

現在の会津西街道は日光手前の今市宿から会津田島宿付近までの約70km程はほぼ鉄道路線に沿っています。会津田島宿付近から大内宿-会津若松までの約45kmの区間は鉄道路線から離れていて交通の便が良くないですが、鉄道や幹線道路が敷設されなかった為、大内宿は150年程前にイザベラバードが見た風景がほぼそのまま残されていると感じる奇跡的な宿場です。

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会津西街道概略ルート地図
会津西街道概略ルート地図

カシミール3D  国土地理院
 (カシミール3DによりGPSログを国土地理院地形図に描画してそのイメージデータを加工したものです。)


会津西街道歩き旅データ


都道
府県
リンクページ 区間 歩いた日 GPS移動
距離
栃木 今市宿から藤原宿へ 下今市駅-龍王峡駅 2021年6月9日 19.0km
 栃木 藤原宿から中三依宿へ 龍王峡駅-中三依温泉駅 2021年6月10日 21.7km
栃木/福島  中三依宿から田島宿へ 中三依温泉駅-会津田島駅 2021年6月12日 30.9km
福島 田島宿から大内宿へ 会津田島駅-大内宿周辺に駅なし  2021年7月2日 22.4km
 福島 大内宿から会津城下へ 大内峠から北側の山中は道不鮮明 2021年7月4日 29.6km
合計 123.6km

参考資料等


・日本奥地紀行 イザベラ・バード
 高梨健吉訳 平凡社
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・対訳ニッポン双書 日本奥地紀行(縮約版)
 原著者:イザベラ・バード
 英文リライト:ニーナ・ウェグナー
 翻訳:牛原真弓
 IBCパブリッシング株式会社
 注:掲載内容を少なくして
   日英対訳にしてあるダイジェスト版
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・会津路散策マップ  あいず「道の駅」交流会
 (道の駅に置いてあったパンフレット)
・GPSCycling  Yobito KAYANUMA
・Stanford LIBRARIES Stanford Digital Repository
 日光 昭和6年8月25日印刷同8月30日発行 大日本帝国陸軍測量部
 川治 昭和11年5月25日印刷同5月30日発行 大日本帝国陸軍測量部


END 

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