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電子足跡:日光街道
 宇都宮城下から大沢宿へ


プロローグ


2016年3月2日 晴れ
宇都宮城址-徳次郎宿-大沢宿。
GPSでの移動距離 23.5㎞


前日宿泊した”道の駅ろまんちっく村”から 国道119号線沿いにある”道の駅日光”に車を移動します。道の駅日光はJR日光線の今市駅のそばなのでJR今市駅から宇都宮に行き昨日のゴール地点の宇都宮城址からスタートします。一本電車に乗り遅れてしまい10時過ぎからの遅いスタートです。


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本地図はカシミール3DによりGPSデータを国土地理院地形図に描画してそのイメージデータを加工したものです。

連理の枝  恋人たちの樹

この道はなんと言っても"連理の枝"を発見したことです。ですのでページのトップに"連理の枝"を掲載します。


カシミール3D(http://www.kashmir3d.com)      国土地理院


宇都宮IC付近の東北自動車道と旧日光街道(国道119号線)が交差するすぐそばの西側に連理の枝があります。

ここは高谷林(こうやばやし)の一里塚の場所でもあります。
存在に気が付いたとき
「え! こんな事があるのか?」と眼を疑いました。

漢文の授業で習いましたが,中国唐代の詩人白楽天の「長恨歌」玄宗皇帝と楊貴妃の叙事詩の中に"連理の枝"が出てきます。根元は2本で地上で幹・枝が抱き合うように一緒になっている木の事です。
また,若い女性には"鏡の池"で有名な出雲の"八重垣神社"には"連理の玉椿"と呼ばれる2本の椿が寄り添い幹が一つになった椿があるとの事です。どちらも男女の仲,夫婦の象徴です。

この樹木は樹種が違うのに"連理の枝"になっています。偶然この場所に種子が落ちて,そのまま育ちお互いに支え合いながら風雪に耐えて生きている様に見えます。けして特別な場所ではないのになぜか神々しく見えます。
今まで連理の枝は空想の木だと思っていました。空想ではない事をこの歳になって知りました。

このページをご覧になった恋人たちの皆さん一度訪れてみませんか。きっと恋が成就すると思います。
長年連れ添って今ではビクビクする事はあってもワクワクときめく事のなくなった夫婦の皆さん一度訪れてみては如何でしょうか。偶然出会った奇跡に感謝したくなると思います。

宇都宮城下

昨日は夕暮れの城跡でしたが,今日はうららかな日差しの城跡です。現在は内堀の北と西側のみを残して他は埋め立てられています。桜のつぼみの向こうに復元された富士見櫓が見えます。本来は無かった西側の土塁に開けられた通路を通って昨日右折した歌橋番所跡の交差点を目指します。



日光街道追分
下の写真上側の真ん中は新石町から伝馬町方面を見た写真です。右は新石町と伝馬町の間にある奥州街道と日光街道の現在の追分です。と言っても普通の交差点です。北に向かう(左)清住町通りが日光街道,東に向かう道が奥州街道(右)です。
右下の写真は交差点にあった説明板に掲載されていた当時の追分の風景です。
いつも驚くのですが,特に市街地の町名や道筋は当時の町割りとあまり変わっていないです。


注:上記の町割りの図は宇都宮城址公園内にある案内施設に掲示されていた"江戸時代宇都宮城下復元図"の一部を使用させて頂きました。

清住町通り
清住町通りに入ってほどなく,車が頻繁に往来していても,今旧街道を歩いているなと思い起こさせるのが古い建物です。時間が経っても蔵作の建物は傷みはしますが重厚さは変わらず風格が増す気がします。

清住町通りを北上すると国道119号線に合流します。合流したあと旧日光街道は国道119号線とほぼ道筋が同じです。

杉並木の始まり
宇都宮文星短期大学付近から杉並木が断続的に始まります。でも葉をよく見るとこのあたりの並木はヒノキの様です。


高谷林の一里塚
 宇都宮IC付近の東北自動車道と旧日光街道(国道119号線)が交差するすぐそばにあります。
東側の塚は整備されたようで綺麗な形で保存されています。西側の塚はかろうじて塚の盛り上がりが残っています。
西の塚はうかうかしていると通り過ぎてしまいそうです。写真左は東側の塚,右が西側の塚。


連理の枝 恋人たちの樹
私は偶然西側を歩いていました。最初は高谷林一里塚の写真を撮っていてそろそろ先に進もうかと思った時に
西側の塚のそばに連理の枝を見つけました。
樹齢何年なのだろう? 2本の樹がお互いを慈しむように寄り添っているように見えます。


徳次郎宿


高谷林の一里塚を過ぎ東北自動車道を越えると15分ほどで徳次郎宿です。
宿を越えると樹齢700年と言われる智賀都神社の大ケヤキがあります。奥州街道の追分を曲がってから12㎞ほど歩いてきました。風景も長閑な田園風景になり,ここまで来ると交通量も随分と少なくなります。街路樹が続き,今は早春なので日差しは気になりませんが夏は木陰が心地よいのではないかと思います。

下の写真の場所に限る訳ではありませんが宇都宮以北の車道が狭くなった日光街道は大半の部分が自転車・歩行者優先道路が並行して通っています。
多くの歩き旅の人達が書いていますが,車道の路側を歩く時は自動車特にトラックが怖いものですが日光街道は写真のように優先道路が旧街道の風情を残したまま通っているので大変歩きやすいです。
また車道より一段高い土塁部分を通っているので雨の日でも車がはねる雨水も気にならないのではないかと思います。
そして石那田の一里塚の路傍には石仏がひっそりとたたずんでいます。


大沢宿


石那田を越えて大沢宿を目指します。
大沢宿手前で国道119号線から分岐して杉並木が始まる所があります。
旧街道の杉並木の始まりです。これまでも並木は続いていましたが,ここからの杉並木は趣が異なります。日光街道のクライマックスが始まる期待感が高まります。
下の左の写真の右側が旧街道杉並木の始まり,左側が国道119号線。杉並木保護の為旧街道をバイパスして国道119号線が付け替えられたようです。

左の写真は分岐した旧街道の杉並木です。特に交通規制はしていないのですが車はほとんど通りません。
夕暮れも近づいた為か神秘的な感じすら漂い,夕暮れが近づいて足早に先を急ぐ旅人を想像したりします。
歩き旅の夕暮れは何故か,もの悲しいです。太古より闇は恐怖だった記憶が残っている為なのか暗くなると安心して眠れる場所に早く行きたくなります。「行き暮れる。」という言葉がピッタリします。
などとインナートリップをしているうちに絶対に見たいと思っていた〔並木寄進碑〕を見ずに通り過ぎてしまいました。写真が掲載できず申し訳ありません。
注:並木寄進碑=松平正綱が杉並木を植林して東照宮に寄進したことが書かれている石碑。


車が殆ど通らない杉並木を抜けると国道119号線と合流して大沢宿です。
ここで本日の行動は終わりです。大沢小学校入口のバス停から車が置いてある今市の〔道の駅日光〕に向かいます。
バスはおよそ1時間に一本運行しています。実は本当はもう少し歩こうと思っていたのですが歩き始めが遅かったですし,夕暮れが迫っているので今日は大沢宿で終わりです。
歩き旅にはこんな事もよくあります。その為にもどこでエスケープ出来るか調べておく事は大切です。
日光街道はルートに沿ってJRや東武線そして関東バスなどが運行しているので安心です。

 関東バス 今市・日光方面 大沢小入口バス時刻表


本日の温泉


昨日の 道の駅 ろまんちっく村 があまりにも良かったので今日も ろまんちっく村 で車中泊です。

END


2016/09/14 ver3.30: 地形図画像を追加
2016/04/08 作成

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